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April 2006 Archive

言語から原語から減語

声は声帯の振動で、その音を言葉として捉える。
言い換えると、声は体の振動。

文字は記号です。活字は演じる道具です。PCのデフォルトフォントは粉しているとも囚われているとも思えます。
しかしながら、この記号は身体から遠ざかるほど、記号らしくなるのです。さらにそれは今や瞬間的に分散もできるのです。そう思うと、この眼前のビットマップから意図を汲み取ることは、とても難儀で抽象的な作業ではありますし、リアルな会話の素晴らしさも感じます。しかしながら、文字もまた可視光線の波長を視覚で受信し文字として認識します。

振動を感じる身体はとても柔軟なレセプターなのです。
それが正しいと思えるものは、例え誤解だとしても、信じ通すことが、大切です。揺るぎない信念というより、揺らぎ呼応出来る信念の柔軟性のことです。まるで、身体と一体に存在するのが信念ではないでしょうか。

すばらしい歌手の歌声は、声帯と身体と心の歌声です。これは歌詞をいくら読んでも、どれだけ歌詞に追記しても、その歌声には勝てない。

偏った器官の使用のみでは非常に限られた情報しか得れません。また、物質的に享受することも危険な嫌いです。触れていないものは常にどこかで触れているものと繋がっています。
私もあなたも常にうつろい揺らぐものなのです。

{ Music }

music player

街は音で溢れている。
若者はヘッドホンで耳を塞いでいる。
街は雑踏を掻き消すかのような、ジャンクミュージックで塞いでいる。
彼らは意味の分からない洋楽か、演歌であるJ-POPに夢中だ。
music playerの為に生活の音を失っている。
music playerの音が音楽だと思っている。
それは音自体を失っていること。
音を知ることを放棄している。

music playerの普及でこそ、本来の音楽の価値や、意味が明らかになる。
ただ下底の人は気づかず、マーケットから消費を促される。
だから、そんな彼ら自身が実はmusic playerなのだ。
そして、彼らも迎合しているかのように思える。